昨日、初任研の午後の研修では、主に道徳の授業について学習しました。
授業実践の発表を聞いたり、グループになって発問とかを考えたり。
そのグループ議論の中で考えたことがあります。
道徳の授業1回で、道徳性を養うなんて無理だなあと個人的に思いました。
ある場面、ある状況の中で、子どもたちは自分事として捉えたり、その主人公になりきったりして考えることが多いと思うのですが、実際にその状況になってみないことには分からないなあと思います。
だから振り返りの時に、なんて書けばいいか分からない子がいたり、予想とは違ったリフレクションを書いてくる子だっています。
今になって授業の時はあまり感じなかったことが、少し距離を置いて考えてみるとぼこぼこ出てきます。
実際の状況が起きた際にどのようにふるまうかが大事だなと。その訓練というか練習で、「仮」の場面から考える。道徳の授業を手段として節度や親切心などを学ぶ。
でも長期的にみないと力はつかないと思うし、道徳の授業をやったからって分からない人は分からない。
だからこそ、色々な授業や生活の中で、人と折り合いをつけたり助け合ったりが大事だなとつくづく思います。
道徳の授業はただの手段。算数だって国語だった、身につけたい資質能力はあるだろうけど、究極の所は、『人と繋がる力』が大事だと個人的には思いました。
大人になって気づくこと。『学力』がなくても生きていける。
ただ、大人になってやっと分かるようでは遅いなと感じます。
子どものうちから、他人の力を借りたり、頼ったりできることを身につけるというか体にしみこませる。
学力がなくても生きていけるとは直接的には言いませんが、勉強を手段としてそういう力を手に入れることができると思います。
今、夏休み中の子どもたちは宿題をどうやってしているのか気になります。
一人でするのか、友達と一緒にするのか。はたまた、地域の公民館とかに集まってみんなで一緒にするのか。
夏休みで友達と中々会えなくて退屈な子もいると思います。(実際に夏休みなんていらない!!!っていう子もいました。)
子どもたちには幸せになってほしいと改めて思ったり考えたりすることができたいい時間でした。